Amazon.com

 海外企業のアニュアルレポートは、宝の山。日ごろから海外のアニュアルレポートは、①英語力の強化、②会計の学習、③有力企業の戦略や向かっている方向を知る、④自社の将来を考えるきっかけとする、の4つの点において、生きた最高の教材と伝えています。先日ある企業の企業内研修で海外のアニュアルレポートを読むためのセッションを行いました。その時に使用したAmazon.comを例に、少し触れてみることにしましょう。

 下記は、米国企業が年次報告書として証券取引委員会(SEC)に提出義務のある10-Kの目次です。文字や数字がみっちり詰まった100ページ前後に及ぶ膨大な書類で、日本の有価証券報告書の内容をさらに肉厚にしたイメージです。

 その横にある数値は、2019年12月期のAmazon.comの各目次の開始ページです。アンダーラインを引いた①Risk Factors、②Management’s Discussions and Analysis of Financial Condition and Results of Operations(略してMD&A)、③Financial Statements and Supplementary Dataの3つが全体の7割のページを占めており、この3つをしっかりと読んでおくことが重要、といったことが判ります。
※参照: Amazon.com  2019 Annual Report (PDF)

Amazon.com 10-k

出典:Amazon.com 10-k (2019 Annual Report)

 Amazon.comの利益の源泉が、もはや物販ではなくAWS(Amazon Web Services)であることは既知の事実ですが、2019年度はその傾向に変化はあったのでしょうか。AWSとは、Amazon.comが一般企業やシステム開発者、政府や教育機関などに対して、クラウドを介してITインフラサービス(global compute, storage, database, and other service offerings)を提供するものです。

Amazon.com 10-k

出典:Amazon.com 10-k (2019 Annual Report)

 Amazon.comのセグメント情報を見ると、North America部門の利益は前年度から横ばい、International部門の利益は赤字が継続する中で、AWSは一貫して成長(売上36.5%成長、営業利益26.1%成長)を遂げていることが確認できます。金額でももはや「稼ぎ頭」はAWSです。

 セグメントをうまく見せているという点ももちろんありますが、低価格戦略を基本とし、サービスや物流への先行投資を厭わないAmazon.comの創業者であるジェフ・ベゾスCEOからすれば、もはや物販が利益の源泉ではないということでしょう。実際に今年2020年についても、COVID-19への対策として従業員給与や残業代のアップ、物流パートナー企業のサポートなどの支援策を打ち出し、利益は減少する可能性すら出ています。

 となれば、世間で一般に言われている、「巣ごもり景気=Amazonの独り勝ち」といった論理は、必ずしも正しくないのでは?とも思えてきます。AppleやMicrosoft、Alphabet(Googleの持ち株会社)やFacebookの方が、よほどしっかり利益を出しているのが事実です。

 そこで今一度Amazonのセグメント情報を見れば、利益も成長も、もはや源泉はAWS。よって、「巣ごもり景気=AWSの独り勝ち」というロジックが成立すれば、やはりAmazon強し、というロジックは成立するのではないでしょうか。

 10-K上では、競合(Competitors)について、具体的な企業名を記載しながら説明することが一般的です。そこで、巣ごもり景気で一気に会員数を増やしている、動画配信サービスのNetflix、Web会議サービスのZoomの10-K上から、「Amazon」と検索してみると、以下のような文章がヒットします。

Netflix 10-Kより

We rely upon Amazon Web Services to operate certain aspects of our service and any disruption of or interference with our use of the Amazon Web Services operation would impact our operations and our business would be adversely impacted.

Zoom Video Communications 10-Kより

We currently serve our users from various co-located data centers located throughout the world. We also utilize Amazon Web Services and Microsoft Azure for the hosting of certain critical aspects of our business.

 いかがでしょう? 買い物は好きでないのでひたすら家でNetflix見てる方、Zoomでのテレワークが忙しくて、買い物やネット動画どころでないという方。実はみんなAmazon.comの成長や利益に貢献しているのです。つまり、Netflixの豊富なコンテンツを安定して提供するITインフラも、Zoomでストレスを感じずにスムーズなオンライン会議が実施できるITインフラも、Amazon.comが提供しているのです。そして、そちらの方が今やAmazon.comの成長と利益の柱だというのです。

 改めて、実にうまくできたビジネスモデルだなぁと感じる次第です。そんなAmazon.comなので、10-K上でCompetitorsの具体的な固有名詞を一切書いていません。Microsoft、Alphabet、Facebookは、10-K上で競合の1社としてAmazon.comを挙げています。これら3社のいずれも、クラウドビジネスの拡張を図っており、その市場をリードするAmazon.comを競合として挙げるのは言わば当然と言えるでしょう。では、そうした固有名詞の記載をしないAmazon.comは、自分たちより稼いでいるこれら3社を無視して、自分たちは唯一無二の存在だと主張したいのでしょうか。

 そこで今一度Amazon.comの10-Kに目を通すと、大切にしている4つの主義(Principles)の1つ目として、Customer obsession rather than competitor focusとあります。

 10-K全般にわたって、主義主張が一貫していますね。唯一無二の存在だからというより、競合ありきではない、顧客中心で考える企業であることがPrincipleにあるから競合の具体名は言わない、私にはそのように響いてきます。

 こうした企業、リーダーには、やはり魅力を感じるものです。日本の有価証券報告書も今後情報の詳細な開示に向けて強化されていきます。国内同業の他社の動きだけではなく、世界をリードする海外有力企業の10-Kを参考にすると、自社の情報開示について一考する良い機会となるかもしれません。単なる情報開示ではなく、企業の思いを伝える重要なドキュメントです。

 海外企業のアニュアルレポートは、宝の山。