第8回目は、2005年度中間決算で5年ぶりの営業黒字化を実現したソフトバンクを見ていきましょう。
ソフトバンクの本業は何か・・?と問えば、意外と答えに窮するかもしれません。その理由として、ソフトバンク株式会社という組織自体は、純粋持株会社であって、グループ全体の経営を管理、推進する立場にあり、直接的に事業を営む会社ではないことが挙げられます。同時に、持株会社の傘下では、ヤフー(インターネットサービス事業)、日本テレコム(固定通信事業)、ソフトバンクBB(ブロードバンド事業)など様々な事業を行い、かつそれらが時代の変遷と共に、ダイナミックな変化を遂げてきています。
例によってソフトバンクのイメージを、財務諸表上の言葉にすることから始めてみます。
- 5年ぶりの営業黒字ということは、過去4年間は営業赤字。傘下のヤフーは第3回で見たように大きく黒字のはずなので、その他の事業が足を引っ張っているのでは?
- 通信料やサービス料など、売上高は全社的に手数料的要素が強いもの。ということは、ヤフーで見たように売上高総利益率は非常に高いのでは? つまり赤字の要因は莫大な販管費によるところ?
- 通信事業の特徴として、有形固定資産が多いはず。また、ネットバブルの時代に果敢な投資を行っていた当社なので、子会社以外の株式を投資有価証券として相当保有しているのでは?
- 赤字ということは自らの利益のみでは莫大な設備投資をまかなうことはできないはず。つまり、相当の借金を保有しており、経営を圧迫しているのでは?
- 4年間も営業赤字が続いている会社が、存続の危機どころか、日本テレコムの買収など、果敢な投資を行っている。なぜそのようなことが可能なのだろうか?
では、ソフトバンクの2005年3月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。
■連結損益計算書と連結貸借対照表
損益計算書(PL)
1. ソフトバンクの売上高は8,370億円に上ります。この中には、2004年9月末をみなし取得日として連結された日本テレコム㈱の売上高が半期分の1,668億円のみ計上されています。売上高総利益率は34.6%(2,896億円)なので、仮説よりもだいぶ低い印象です。それでも、前年度の同比率25.8%に比べると10%近く改善していることから、日本テレコムの同比率はソフトバンク全社よりも高いものであることが類推されます。また、第3回で見たように、ヤフー㈱の同比率が92.4%あることから、同比率の低さは、日本テレコムやヤフー以外の影響を大きく受けていることが想定されます。
2. 販売費及び一般管理費の中身を見ると、販売促進費が951億円ともっとも多く、これは売上高の11.4%、販管費の30.2%を占めています。これらは全社売上高や全社販管費に対する比率なので、販売促進費が特に多いと思われるブロードバンド事業や固定通信事業など単体で見ると、相応の比率となっていることが想像されます。果敢な先行投資ともいえる販売攻勢が、金額となって表れています。
3. 営業外収支では、やはりもっとも目立つのは支払利息の229億円です。これは、日本テレコムの連結によって、前年度から約100億円の上昇です。その他の営業外の収益と費用の金額はほぼ均衡していることから、営業利益が支払利息並みにまで高まらないと、当社は経常赤字から脱却できないと言うことができます。
4. BBコール㈱、イー・トレード証券㈱などの株式の売却による投資有価証券売却益591億円、イー・トレード証券㈱、ソフトバンク・インベストメント㈱などの新株発行に伴う持分変動によるみなし売却益262億円などによって特別利益が893億円計上された一方、社債特約変更手数料40億円、イー・アクセス㈱などの株式売却に伴う投資有価証券売却損30億円、投資有価証券評価損71億円などによって特別損失が536億円計上されています。ソフトバンクの場合、有形固定資産の売却廃棄評価による損益より、こうした株式の売買や資金調達に関わる特別損益が多いのが特徴と言えるでしょう。ここにも、当社の経営戦略やグループ連結経営におけるダイナミックな変化を見ることができます。
5. 当社のような多事業を行う企業では、セグメント情報なしでの評価は不可能です。
貸借対照表(BS)
1. ソフトバンクの総資産は1兆7,048億円に及び、これは売上高のちょうど2倍程度に相当しています(但し、日本テレコムの売上高は半期分のみ計上)。流動資産よりも固定資産が多く、固定資産の中では有形固定資産が多く、有形固定資産の中では通信機械設備と通信線路設備が7割近くに及ぶなど、バランスシートからは当社が完全に通信会社であることが読み取れます。
2. 流動資産では現預金が2,879億円(売上高の125日分)、売上債権が1,682億円(売上高の73日分)と潤沢です。現預金はヤフーだけで700億円強保有していますが、それ以外の事業会社のトータルでも莫大な金額に及んでいるようです。それでも巨額の有利子負債(8,500億円強)の一部を手元に置いているといった評価が出来なくありません。売上債権については、あくまで全社レベルの平均値ですが、ほぼ2ヶ月半というのは妥当な大きさでしょう。
3. 投資有価証券の4,344億円は前年度から2,000億円近い増加に相当しています。これはYahoo! Inc.株式の時価の増加に伴う574億円、ソフトバンク・インベストメントの持分法適用会社への移動による450億円が主な要因となっています。
4. 株主資本比率は前年度の16.8%から10.4%へとさらに6%劣化し、二桁すれすれの状況です。600億円弱の純損失を計上した結果、株主資本の中の利益剰余金が大きく毀損したことに加えて(2,733億円の欠損金)、主に日本テレコムの連結によって、社債と長期借入金が合計1,695億円増加したことが理由として挙げられます。
【今後の注目】
PLは4年連続の営業赤字、バランスシートは莫大な欠損金など、ここまでの財務諸表の評価では、存続すら危ぶまれる状況にあるソフトバンクです。そうした企業でありながら、なぜ日本テレコム、ケーブル・アンド・ワイヤレス・アイディーシー㈱、㈱福岡ダイエーホークスと、2004年度に立て続けに買収を行い、2005年度は遂に携帯電話事業への参入許可を総務省から承認されることが可能なのでしょうか。
「黒字倒産」ということばがあります。これは、PLが「黒字」であっても、キャッシュフロー(CF)が回らなければ、企業が倒産することを示しています。ですが、実際の世の中は「黒字倒産」よりも、「赤字倒産しない」企業の方が遥かに多いことでしょう。どんなにPLが黒字でもCFが回っていれば企業は倒産しません。そのもっとも典型的な企業がソフトバンクです。
では、PLが示すように現在自らが利益を計上していない企業が、なぜCFを回すことが出来るのでしょうか。それは突き詰めて言えば、CFを調達する力があるからです。孫社長の経営ビジョン、経営力に対する評価として、4年連続赤字の企業でもその何倍もの金額に及ぶ企業を買収するだけの資金を調達することが出来るわけです。
そうしたソフトバンクも、安定的な経営が特に望まれる通信事業に経営資源を大きくシフトする中、確実に利益が出る体質への変換が求められてきています。実際、2005年9月中間期で当社は5年ぶりの営業黒字化を実現しました。「営業黒字化 ⇒ 営業CF黒字化 ⇒ フリー・キャッシュフロー黒字化 ⇒ 最終利益黒字化 ⇒ 累積損失の解消」といった一連のプロセスをソフトバンクが連結決算で実現したときこそ、長年意見が二分されてきた孫社長に対する真の評価が明らかとなるのではないでしょうか。
シリーズ 財務諸表から見える企業
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