第10回までを通して、製造業(トヨタ自動車、花王、シャープ、キヤノン)、小売業(イトーヨーカ堂、ファーストリテイリング)、総合商社(三菱商事)や、情報通信産業(ヤフー、ソフトバンク、楽天)を代表する、「旬」な企業を見てきました。そこで気づいてみると、我々が日常的に口にするものをメインに提供している企業がありません。そこで、第11回目の本稿では、外食産業では、2位のすかいらーくに40%以上の差をつけて、圧倒的な売上高No.1を走るマクドナルドを取り上げます。

マクドナルドの組織は、日本マクドナルドホールディングスという純粋持株会社が、日本マクドナルド株式会社(ハンバーガーレストラン)と株式会社エブリデイ・マック(レストランサポート事業)の2社を100%子会社として保有する構造です。日本マクドナルドホールディングスが店頭公開企業であり、財務諸表が入手できる企業なので、この持株会社の決算書を見ていくことにします。

さて、マクドナルドと言えば、どんなキーワードが思い浮かびますか? 「低価格」、「手軽さ」、「セットメニュー」、「期間限定メニュー」、「高校生やサラリーマンの時間つぶし=正にファーストフード」等など。或いは我が家の子供であれば、「ハッピーセットのおまけ」と言うかもしれません。最初に、「美味しいハンバーガー」というイメージが浮かぶ方は、、、? 少なくともモスバーガーやフレッシュネスバーガーよりは、少ないことでしょう。あくまで相対的に見てですが、なぜマクドナルドのハンバーガーは味が劣るのでしょう。なぜ低価格? なぜセットメニュー? なぜおまけ? 一見ばらばらに見える事象も、核たる戦略に裏打ちされた個別の打ち手であるとすれば、我々は見事にマクドナルドの戦略どおりのイメージを持たされていることになります。であれば、その結果として、財務諸表にも、一貫した経営戦略が数値となって現れているはずです。まず例によって、日本マクドナルドホールディングスのイメージを、財務諸表上の言葉にすることから始めてみましょう。

  • 「リアルな店舗を介した一般消費者向け販売業」という定義では、第7回で扱ったファーストリテイリングに近い。ユニクロは低価格であるにもかかわらず、中国での大量低コスト製造・仕入れによって、売上高総利益率44.3%を確保していた。ユニクロ以上に低価格を戦略の柱に置くマクドナルドではあるが、グローバルでの大量低コストの食材買い付けによって、ユニクロ同様に仕入れコストを徹底的に抑え、3-4割程度の売上高総利益率を実現しているのではないだろうか?
  • 競合のモスバーガーがフランチャイズを中心に拡大しているのに比べて、マクドナルドの店舗の多くは直営店であると聞く。直営店であるがゆえに出店戦略に時間がかり、結果としてせっかく稼ぎ出した売上総利益を、販管費で大きく失う構造になっているのではないだろうか?そうすると、営業利益率や経常利益率も低迷していることが予測される? 
  • マクドナルドによるアルバイトや社員への給与未払い問題が、新聞・雑誌で話題になっていた。結局マクドナルドが補償することで落ち着いたはずである。こうした一時的な損失は特別損失に現れるはずだが、経営を圧迫するほどの金額に至っているのだろうか? 
  • ユニクロのバランスシートの資産に多いものには、総資産の44%に及ぶ現預金、売上原価の53.3日分に相当する棚卸資産、そして店舗開発と賃貸に伴う敷金、保証金、建設協力金があった。マクドナルドが明らかに異なると思えるのは、棚卸資産であろう。アパレルは53.3日分の在庫を保有できても、食材をそんなに長い間保有しておくことはできないであろう?
  • ユニクロの株主資本比率は66.8%、利益剰余金/株主資本比率が67.5%、有利子負債/総資産がわずか1.8%であった。ユニクロほどの超安全な数値ではないにしても、マクドナルドも外食No.1企業として、相応の財務体質の良さを保有しているのではないだろうか?

では、日本マクドナルドホールディングスの2005年12月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。

■連結損益計算書と連結貸借対照表

マクドナルド 損益計算書マクドナルド 貸借対照表
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損益計算書(PL)

1. 日本マクドナルドホールディングス(以降マクドナルド)の2005年12月期の売上高総利益率は11.5%です。2000年12月期には22.0%にあった当比率(但し、持株会社制移行前のマクドナルド単体数値)に比べると、10%以上の下落幅、それも継続的な右肩下がりの状況にあります。グローバルでの大量低コストの食材仕入れによる高総利益率の実現という仮説は、完全に否定されました。子会社日本マクドナルド株式会社(ハンバーガーレストラン)の単体PLは2005年度では発表されていません。そこで、持株会社制移行直前の2001年12月期のPLでフランチャイズ(FC)ビジネスを除く原価明細書を確認すると、材料費37.9%、労務費32.9%、経費(多い順に、地代家賃、水道光熱費、減価償却費、ロイヤルティー、消耗備品費など)29.2%が構成比となっています。

2. このことからマクドナルドの売上高総利益率が低い大きな要因は、売上原価に単に材料費だけが含まれるのではなく、店舗で発生するすべての労務費と経費が含まれていることにあることが明らかとなりました。しかし、これでは総利益率の低さの説明にはなっても、継続的な右肩下がりの説明にはなっていません。ここにマクドナルドが戦略の柱としてきた低価格戦略、つまり売価の引き下げによる短期的な総利益率の下落と、規模の獲得を長期的に実現することによって同比率を向上させるという長期戦略の挫折という二面性が潜んでいます。

3.  モスバーガーやフレッシュネスバーガーの、味を主軸とする差別化戦略に対して、マクドナルドはこれまで低価格を戦略の柱としてきました。低価格で顧客をひきつけ、利益率の高いセットメニューへ顧客を誘導することによって、利益獲得を目指しているのも事実ですが、基本的に「低価格」を謳う企業は、「利益率」ではなく、規模の獲得による「利益額」によって、競争優位の実現を目指しています。これは、マクドナルドが2005年度決算説明会や株主総会の場で用いた下記の資料からも確認できます。

マクドナルド 資料

出所: 日本マクドナルドホールディングス㈱ 2005年12月期決算説明会資料

規模の獲得は、やがて規模の経済による仕入コストの低減や、単位当たり店舗運営固定費の削減によって、長期的な利益率の向上に寄与していきます。しかし、デフレの時代には「一強百弱」とまで言わせた藤田田氏の低価格戦略も、デフレの終焉、競合の台頭や、顧客嗜好の多様化、具体的にはハンバーガーに顧客が求めているものは、値段だけではないことの顕在化によって、長期的な低迷に陥ることとなりました。

4.  店舗運営に関わるすべての費用は売上原価に含まれることから、必然的に販管費はユニクロの30%弱と比べても、10.5%というとても軽い業態として見えています。但し、総利益率が11.5%に低迷している間は、販管費10.5%でも十分に使い過ぎです。当社は直営店(2,785店)とFC店(1,017店)の比率が概ね7:3の比率にありますが、FC運営業では、FC原価として必要となる様々な経費を売上原価に含めている(持株会社制移行直前の2001年12月期では、広告宣伝費や販売促進費も含んでいる)ため、この連結決算における販管費の項目は、直営店と本社部門に関わるものが大部分と考えて差し支えないでしょう。FC店舗に比べると、直営による事業拡張は時間を要することが想像されますが、メニューや店舗オペレーションの妥協のない標準化を柱として、マクドナルドは直営店を中心に、ここまでの拡張を実現しました。

5.  営業外収支に目立った入り繰りがない一方、特別損失の「新勤務時間管理方式の導入に伴う損失」26億円が目立ちます。経常利益が28億円であったので、これが決定的な要因となって、今年度の純利益をわずか6,000万円としたことになります。マクドナルドは、労働基準監督署から指摘を受け、過去2年間にさかのぼって未払いとなっていたアルバイトや一般社員に対する給与補填を行いました。これまでは30分以下の勤務は切り捨てとしていたものを、2005年度より1分単位での給与支払いとすることになりました。この影響は過去の損益修正項目に相当する特別損失だけではなく、営業利益の段階でも2005年度で17億円(32億円の営業利益の約半分に相当)の影響があった旨、決算説明会で言及されています。人件費が大きな費用項目である当社にとって、当面の利益率をさらに低迷させる変更であったことは否めません。

 

【今後の注目】

低価格戦略と標準化されたオペレーションによって規模を獲得し、これによって仕入れコストや固定費の削減を実現することで、利益率を長期的に獲得していくというマクドナルドの経営戦略と、その戦略が顧客嗜好の多様化や競合の台頭などによって、有効に作用しきれていない姿を、当社の決算書を通して見てきました。こうした環境の変化を受けて、マクドナルドはモスバーガーやフレッシュネスバーガー同様に、ハンバーガーの味に差別化を見出し、利益率を確実に獲得していくモデルへの変換を図るべきでしょうか。

私は、答えは「NO」だと考えます。経営戦略には柱となるコンセプトと一貫性が重要です。私たちがモスバーガーではなくマクドナルドに行くときに、「美味しいハンバーガー」を期待して行くでしょうか? 時間をかけてゆっくりとハンバーガーを食べることを期待しているでしょうか?

最初のマクドナルドのイメージに挙げたように、マクドナルドに期待することは、「低価格」、「手軽さ」、「セットメニュー」、「期間限定メニュー」、「高校生やサラリーマンの時間つぶし=正にファーストフード」、「ハッピーセットのおまけ」であるはずです。そこに、過度に「美味しいハンバーガー」や、過度に「落ち着くスペース」への要望はありません。こうして見ると、ひとつひとつの打ち手も大きな経営戦略の元で成立していることが分かります。

  • 「低価格」:マクドナルドの戦略の柱。売上総利益率は必然的に低い
  • 「手軽さ」:顧客にとっての手軽さは、マクドナルドにとっての商売の回転率の向上。「利益率」ではなく、「利益額」の勝負に不可欠な規模の獲得
  • 「セットメニュー」:顧客数を増やし、市場シェアを獲得しながら、利益率の高いセットメニューへ誘導することが狙い
  • 「期間限定メニュー」:メニューやオペレーションには極力例外を無くし、標準化することが規模の拡大には不可欠。「期間限定メニュー」は余程の恒常的な売上確保が見えない限り、あくまで呼び物としての要素が強く、期間限定であることが必要
  • 「高校生やサラリーマンの時間つぶし=正にファーストフード」:朝食・昼食・夜食以外の稼動が落ちる時間帯を埋めてくれる存在。長時間滞在客は、サンドイッチ単品よりも、利益率の高い飲料・ポテト類を購入する比率が高いはず
  • 「ハッピーセットのおまけ」:長期的な存続・成長のためには、幼児・低学年児童からの取り込みは不可欠。この層は、「味」がレストラン選択の決定要因でないものの、「手軽さ」をアピールすることでマクドナルドにひき付けられるものではない。特に平日の場合、レストラン選択を決定するのは、専業主婦の母親なので、黙っていれば「味」や「ゆったり雰囲気」のモスバーガーに連れて行かれてしまう。これを防ぐためには、強力なハッピーセットのおまけが不可欠となる。ポケモンやディズニーなど、一見割高そうな商品をおまけに用いるのも、こうした背景があるはず。またおまけの配り方も、期間を限定し、シリーズ化するなど、継続的に店舗に来てもらえる仕掛けが伺える

経営戦略には一貫性が重要であり、戦略の変更時には、こうしたひとつひとつの打ち手における変更の検証が不可欠となります。

味の差別化による利益率狙いの土俵には、モスバーガーやフレッシュネスバーガーといった先行する競合があり、外食レストラン業界No.1のマクドナルドであっても、フォロワーとなります。自社のコンピタンスである、低価格に見合ったバリューあるハンバーガーの提供、グローバル調達による仕入コストの削減と支払債務の長期化、徹底的に標準化されたオペレーションによる利益率の向上と規模の拡大こそが、マクドナルドが固執すべき経営戦略の柱でしょう。

最後に株式市場の評価を見ておきます。

マクドナルド 株価

当社が予測する2006年度の純利益は、10億円~25億円です。随分開きのある予測ですが、これは2005年度に幾度にもわたる決算下方修正を行った結果、市場の信用を失った教訓として、利益予測に幅を持たせたものです。上限の25億円と、2006年3月末現在の株価1,851円(株式時価総額2,461億円)を元に算出すると、株価収益率(PER)は98倍の高水準となります。国内上場企業のPERの平均値が20倍前半にあることからすれば、かなりの割高な水準に見えます。

マクドナルドは、単元株数100株保有の株主に対して、株主優待券(バーガー類、サイドメニュー、飲物、3種類の商品の無料引換券が1枚になったシート6枚)を年に2回(仮に1枚の商品価値を700円とすると、8,400円相当)、株主総会参加者に商品券1,000円、さらに配当年額3,000円を還元しています。この合計額は12,400円に及ぶため、現在の株価1,851円で100株保有し、株主総会にも参加すれば、年利回り6.7%に相当する安定運用を実現できることになります(取引手数料や税金は含めずに算出)。定期預金金利の利回りが未だ0.1%に満たない現実から考えれば、マクドナルド好きの小さな子どものいる家族にとっては、限りなくローリスク・ハイリターンな運用と言えるでしょう。

ただし、優待券によって何とか維持できている株価では、心もとないもので。PERが仮に30倍であったとしても、純利益80億円程度までは早期に達成したいものです。マクドナルドは2001年12月期までの7期においては、純利益が常に100億円を超えており、当社にとってこの水準は決して不可能な水準ではありません。デフレの終焉、競合の台頭や、顧客嗜好の多様化など、経営環境は大きく変わりましたが、再びマクドナルドが「一強」として台頭する姿を市場は期待しています。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

決算書を読む前に、はじめに確認したいこと